3.11 はやいもので震災から7年

こんにちは。Mono(モノ)です。

東日本大震災からちょうど7年ということで、まぁ何か書こうかなと。

私の実家は宮城県の沿岸部の石巻市というところで被害も大きかったので報道で名前を聞いたことがある人も多いかもしれません。

両親や兄弟、親戚は今も石巻に住んでいて、私だけが社会人になった時に家を出ました。

地震が来た時は隣の県に住んでいました。

ガソリンはギリギリまで給油しないという習慣が仇となり、ガソリン不足で実家に戻ることが出来ませんでした。

被災地域では電話が通じなくなったので両親・兄弟・親戚の安否が不明になりオロオロとテレビとネットで状況を探ることしか出来ませんでした。ネット上でも情報が錯そうして調べても本当のことが良くわからなかったことを覚えています。

当時私が住んでいた地域も被災しましたが内陸だったので津波の影響はありませんでしたが、会社も休業、ガソリン不足、お店ははぼやっていない為に身動きが取れなくなってしまいました。

その状態が3日ほど続いた後、お昼ごろ私の携帯電話に電話がかかってきました。

父親からでした。

あれっ?携帯電話の基地局が津波でやられたので電話は通じないのではないかと思っていたので聞いてみると、

「自転車で電波が通じるところまで来た。全員無事だ」とのこと。

この一言を伝いたいために還暦間近のオッサンが朝早くにママチャリで出発して携帯の電波が入るところを探して家から50kmほど離れたところまで来たところでようやく息子に安否を伝えることができた状況に私は安堵と嬉しさで号泣しました。電話の向こうで親父も泣いていました。

そして私は思いました。

「親父すごいな」と。

また、祖父の家は石巻の川沿いにあるのですが、津波が来た時に川が決壊して家の一階に水がなだれ込んできました。

当時80代前半の祖父は水が入ってきた側と逆側の窓、扉を全部開けて水を通すように叔父、叔母にすぐさま指示、祖母や猫を2階に運び全員無事でした。庭の作業小屋などは津波により破壊されましたが家は床上浸水で済みました。

それを聞いて私は思いました。

「爺さんすごいな」と。

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まとめ

ガソリンをギリギリまで給油しないのは何かあったときに身動きが取れなくなるので半分ぐらい減ったら給油したほうがいいですね。この時以降は余裕をもって給油するようにしています。

あと親のパワーはすごいと感じました。

ちょっとは大事にしないとなぁ・・

おわりです。

 

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