僕にとってのファミコンはセガ・マークIII(スリー)だったという思い出

私の小学生のころ、友達の家に遊びに行ってやることといえばファミコン(ファミリーコンピュータ)でした。

すでにファミコン自体は発売されてしばらく経ってはいましたが、どんどん面白いゲームソフトが出てきて学校のクラス内でも新しいゲームソフトの話題で盛り上がり、友達同士でソフトの貸し借りが行われていました。

私もファミコンに興味深々で新しいゲームソフトを買ったという友達がいれば「今日遊びに行っていい?」と声を掛け、買ったゲームを遊ばせてもらったりと楽しんでいました。

しかし、自分自身がファミコンを手に入れたのは意外に遅く、更に数年経ってからでした。

早い段階でファミコンを買うチャンスはありました。でも買いませんでした。

以下はその思い出です。

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ファミコンと違うモノを手に入れる

売り切れ・・・。小学生の頃の私の頭では他の家電店を周って在庫を調べたり電話をして聞くという発想はありませんでした。田舎でしたのでお店もそれほど多くありませんでした。

セガ・マークIII(スリー)との出会い

店員さんが「あー売れ切れちゃったんですよねー。これならあるんですけど」指差した先には「セガ・マークIII(スリー)」の箱が積みあがっていました。

ファミコンしか知らない小学生の私は、そこで初めてセガ・エンタープライゼスという会社の「セガ・マークスリー」というゲーム機を知ります。

「セガ・マークスリー・・・聞いたことも無い・・・」

店員さんが言うにはファミコンと同じようにカセットを指して遊ぶゲーム機だということ。

親もゲーム機のことなど分かりませんので

「これならあるらしいけど、どうする?いるの、いらないの?」と、子供の私に判断を求めます。

必ず買えて家でゲームが出来ると思っていた私は「絶対にゲームがしたい」「もうゲームが出来ればいい」という思考になり、

「あ、これでいい。買う」と答えたことで「セガ・マークスリー」が家にやってきました。

↑セガマークIII(wikipediaより)

買ったソフトは忘れもしない「北斗の拳」

199X年の世紀末モヒカンどもを毎日のようにボコボコに殴る蹴るしてバラバラにしてやったことを覚えています。

ようやくゲーム機を手に入れましたが、周りの友達に「セガ・マークスリー」を持っている友達がおらず、ゲームの話が全く出来ませんでした。

「うち、セガ・マークスリー持ってる」というと「セガ・マーク3って何?」と言われ、逆に「アイツはファミコンでなく、聞いたことも無いゲームを持ってる」と変な噂になりました。

ソフトも安いものでは無いので頻繁に買うことは出来ませんし、友達が持っていないので借りることもできません。

結局数年後にファミコンを手に入れるまで「北斗の拳」をやり込むようになってしまいました。

親はずっとセガ・マークスリーをファミコンと言ってました。

セガはその後「メガドライブ」「セガサターン」「ドリームキャスト」とゲームハードをいくつか発売し私も購入して遊びました。このころになると色々なソフトのラインナップも増え、周りにも認知され勢いがありました。

今でも時々、ゲームをする時「小学生のころのセガ・マークスリーはちょっと早かったな・・・」と思い出すのでした。

セガ3D復刻アーカイブス1・2・3 トリプルパック – 3DS
by カエレバ
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